最後の夜


 今は、動けば傷が出来そうなほど、二人の間の空気は研ぎ澄まされている。
 身じろぎすら出来ず、ただベッドの上に肩を並べていた。
 曲が終わると、今度は若い女性が歌う曲になった。
 愛した人との別れの切なさを、夢のように綺麗に歌う曲。


      …こんなのは嘘っぱちだわ。


 思わず、彼女は笑ってしまった。


      …別れは切ないとかじゃない…


      ただ痛いだけ。

 彼女の胸は、徐々に鼓動を早めていった。
 まだ、時計は二時半をさしていた。
 時間が滑る早さが、今日はなぜか緩やかだった。
 いつもならもう夜も明けているのだろう。

 でも、今夜はまだ始まったばかりの様だ。
 思い出の中を歩いている間、現実の時間が止まってしまっているみたいに。

      …かたん。

 不意に、彼が立ち上がった。
 静かに視線をとどめる彼女を横目に、彼は大きな窓のほうへゆっくり歩いてゆく。
 カーテンを開け、腕を出窓に置き、彼女のほうを振り返った。

 優しい瞳。
 予感を打ち消すような瞳。
 おいでと彼女を呼び寄せ、自分の横に彼女を導く。
 窓の外では、高校生くらいの男女が、花火を打ち上げていた。
 音を立てながら空へ昇り、そのまま海へ飲まれてゆく、小さな明かり。
 

 二人はよく、公園で花火をした。
 火が苦手で嫌がる彼女に、彼は線香花火を渡した。
 大丈夫だからね。
 そう優しく言われ、彼女は安心して花火を楽しむことが出来たのを、二人は忘れることが出来ない。
  
 思い出への旅の入り口は、いたるところに転がっていて、思わず足を踏み入れてしまう。

 不意に、彼の手が彼女の肩を抱いた。
 びくと小さな体を振るわせ、うつむく彼女。
 それを切なそうな瞳で見つめ、彼は彼女を強く抱き寄せた。
 吸い込まれてゆく明かりの影が、部屋に映る。
 二人の心は、最早耳に届かない流行の曲では気を紛らわすことが出来ない。
 不安は拭い去れず、かといって口を開くことも出来ずに、ただ静かに思い出への扉を一つずつ開けてゆく二人。

 淡い期待は、希望。
 多分二人の希望。

 どうして、そう願っているのに、そんな未来を求めているのに、道の行く先を変えるのはこんなに難しいのだろう。
 彼女は顔を上げ、彼の体に腕を回した。




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