罪と罰


悪いことをすれば、それは巡って自分のとこに帰ってくる。
罪と罰ってそうゆうことでしょぅか。

罰って、人から与えられても、自分の心ひとつで
それは無意味なものになる。
だって、苦痛を与えられたところで、
自分が悪いと思ってなきゃどうしよぅもない。

成長も変化もない。

人への一番の苦痛ってなんだろぅ。

自己顕示欲の強い人なら、全く無視すること??
犠牲心が強い人なら、周りの人間を傷つける??
愛を全て否定する人なら、とことん愛する事??

そうすれば、自分が悪かったとその人は反省する??
必ずしもそんなことはないでしょぅ。

まぁ、それは大きな話で。

やすこは、『ばち』とゆうものを考えます。
たとえば、何かちょっと痛い思いをするとき…

たんすに足の小指をぶつけたり。
お風呂で滑って下腹部強打したり。
下にあるものを拾おうとして、そばにあったものに
気づかずに頭を角にぶつけてたんこぶ出来たり。

そんな些細なこと。

それで、『あぁ、悪いことしたかな』って考える。
そうすると、必ず1個や2個は出てくる。
それで反省して、次は気をつけよぅって思う。

それは、自分を見直すきっかけ。
すごく小さなところだけど。

その人にとっての正義や悪なんて、その人にしかわからない。
倫理も哲学も、その人だけのもの。
罪も罰も、その人だけのもの。

みんな違う。

だけど、人が悲しむよぅなことは、
極力したくないと思わないですか??
自分がされて嫌なことは、人にはしたくないですよね。

そこは、みんな同じであって欲しいと思ってます。

戦争が嫌い、力を力でねじ伏せるのが嫌い、
そんな考えの人に、自分の愛する人が傷付けられたらどうする??
と聞いたら、
その相手を同じように傷つけるといいました。
多分、やすこもおんなじだと思います。

みんな、自分の愛する人は大事。

愛する人を傷つけられて泣くのは同じ。

その部分での、『罪と罰』は、
全ての人に共通であって欲しいと思います。

『罰』は必要なものだけれど、いつか『罰』が必要のない
『罪』のない世界がくるといいですね。



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