ふと周囲を見渡すと、いつの間にか光に照らされていた。
 光は泉の中から産まれているようにみえた。


     ・・・?


 気になり彼は下ろした腰を上げ、もっと近くに寄った。
 旅人が泉を覗き見ると、そこには緑色の淡い光を放つ、産まれたばかりの小さな『蔦』がいた。


   『根』を刈られた、幼い『蔦』が。


 ぷかぷかと浮きながら、蔦は光とともに小さな泡を産み出し、まるで呼吸しているようだった。
 喘ぐ『泡』のリズムが何だか苦しそうで、旅人は『蔦』を水から上げた。
 そのまま今座っていたところに再度腰を下ろし、手の中の小さなものに尋ねる。


     今歌っているのはお前なの…?


 『歌』は先ほどよりは小さくなり、今度は囁くようになっていた。
 まるで泣いているように水を滴らせながら、『蔦』はそれでも嬉しそうだった。
 緑色の淡い光はだんだんと弱まり、『歌』もそれにあわせ霞んでいったが、旅人は気にならなかった。


     私を呼んでいたのはお前なの…?


 また尋ねながら、彼は『蔦』を自分の胸へと導いた。
 始めて『生き物』に触れ、それを自分の両手に抱きながら、彼はその『蔦』にとても愛情を覚えていた。


     『これ』は私のもの。
     この『蔦』とともに、自分は生きよう。


 自分と『蔦』との巡りあいに感謝をし、彼は少しだけ微笑んだ。
 母なる泉から産み出され、そして『親』の両腕に抱かれながら、今『蔦』は産声を上げた。
 幼子はとても嬉しそうに笑っているかのように見え、安心して眠っているかのようにも見えた。

 老木が安心したように眠りにつき、それから幾ばくかの時が流れていった。
 大地は何度も廻り、闇が何度も訪れ、雪が何度も舞い、視えない時計の針はどんどん繰り返し廻った。

 
     『蔦』はどんどん育っていった。


   旅人の肌の上で根を生やして。



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