そこは、覚え聞いた桃源郷のようでした。 辺りには桃の薫りがたちこめ、私たちは至福のときを過ごしました。 決して会うことのないであろう女性が、私の前にいたのです。 女性は、想像通りの優しい笑みを絶やさず、白い服を纏っていました。 神々しいというよりは母性的な・・・小さい頃に、父親に聞いていたとおりの女性で、私は思わず涙を流しました。 女性はその涙を服の袖で拭いながら、私にこういいました。 『来てくれて、ありがとう』と。 outsider 水鳥たちが見守る中、二人は何とも嬉しそうにしており、その空気は薄桃の霧を伝い、住民すべてへ注がれました。 二人は歩くでもなく、笑うでもなく、泣くでもなく・・・ ただずっと、傍で手を取り合っていました。 時折女性が何かを喋り、それに応え旅人はうなずいています。 何を話しているのかは聞き取れませんでしたが、どうやら想い出話のようでもありました。 微かな空気の振動があり、二人の元へ一つの桃がやってきました。 女性はそれを静かに手にし、そのまま旅人へと手渡しました。 『あの桃は、きっと彼女自身なんだね』 七色の泡が言いました。 『きっと、船が気を利かせたのだろう、二人の出会いの祝福に』 旅人は桃をひとかじりしました。 そのとたん、辺りには更に濃厚な薫りが漂い、5羽の小鳥とたくさんの水の粒が眠ってしまいました。 『あの薫りは、彼女の子守唄だ』 『聴かせられなかった、我が子への子守唄だ』 残った小鳥たちが、口々にそう言いました。 水鳥が辺りを見渡すと、薄桃の霧さえ、うとうとしているようでした。 甘い薫りは、何と優しい愛情なのでしょう。 それは、わけ隔てることなく、その場にいたものの奥に眠る危機感や恐怖感といったものを取り除き、ただ安心という感情の中へ包み込んでいるようです。 ふと見れば、座る女性の膝に頭を預け、旅人が横たわっておりました。 『あの旅人は、眠ってしまったのでしょうか』 そう尋ねた小さな水の粒に、水鳥が言いました。 『そうですね、ここでの眠りはすなわち目覚めでもありますから… そろそろ宴は終わりかもしれませんね』 |
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